太平洋ベルト地帯の人口カバー率・・・

あなたは、「人口カバー率」という言葉を知っていますか?


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本日の天風録で

「人口カバー率」という言葉を知り、
学び、活用方法を考えてみました。


【 本日(2021.08.28)の 天風録 ↓ ↓ ↓ 】​



​​​​ 夏休(なつやす)みの 宿題(しゅくだい) よろしく 白地図(はくちず)に 赤鉛筆(あかえんぴつ)で 色付​(いろづ)​​​​​​​​​​けしてみた。コロナ禍(か)で 緊急事態宣言(きんきゅうじたいせんげん)が 出(で)ている 21都道府県(とどうふけん)だ。すると 広島ひろしまから 東京​(とうきょう)​​​​​​​​​までの 新幹線沿線(しんかんせんえんせん)は 隙間(すきま)なく つながった。「太平洋(たいへいよう)​​​ベルト地帯​(ちたい)​」の 言葉​(ことば)​​​​​​は 今(いま)も 教科書(きょうかしょ)に 載(の)る だろうか

▲ 続(つづ)いて 電卓(でんたく)に 持​(も)​​​​​​
​​​​​​ち替(か)える。昨年(さくねん)の 国勢調査(こくせいちょうさ)の 速報値(そくほうち)を 用(もち)い、この緊急事態(きんきゅうじたい)​​​​​​​エリアの 人口(じんこう)を 合計​(ごうけい)​​​​​​​​​​してみると 9575万人(まんにん)。全人口(ぜんじんこう)1億(おく)2622万人(まんにん)の 75.86%に 上(あが)った。今度(こんど)は 携帯電話(けいたいでんわ)ショップで よく耳(みみ)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​にしていた 「人口(じんこう)カバー率(りつ)」の 言葉(ことば)を 思(おも)い出(だ)

▲ 夏休(なつやす)み 明(あ)けに 合(あ)わせるかの ように、きのうから 広島ひろしま岡山県(おかやまけん)も 3度目(さんどめ)の 緊急事態(きんきゅうじたい)に 入(はい)った。とりわけ 感染(かんせん)が 拡大(かくだい)し 始(はじ)めた 子(こ)どもたちや 教師(きょうし)の 不安(ふあん)は いかほど だろうか。教室(きょうしつ)で 級友(きゅうゆう)と 再会(さいかい)できたとしても、部活(ぶかつ)や 修学旅行(しゅうがくりょこう)への 影響(えいきょう)が 広(ひろ)がりそう

▲ それにつけても デルタ株(かぶ)の 感染力(かんせんりょく)の 強(つよ)さよ。日(ひ)ごとに 重症者(じゅうしょうしゃ)ベッドの 患者(かんじゃ)が 増(ふ)え、医療従事者(いりょうじゅうじしゃ)の 疲労(ひろう)も、自宅療養者(じたくりょうようしゃ)の 心配(しんぱい)も、どちらも 蓄積(ちくせき)していく。どれほどの 辛抱​(しんぼう)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
​​​​​​​​​​​​​​​を 皆(みんな)で 分(わ)け合(あ)えば、トンネルの 出口(でぐち)が 見(み)えるのか

▲ 経済成長(けいざいせいちょう)を 重視(じゅうし)する あまり、私(わたし)たち 大人(おとな)が 長年(ながねん)やり 残(のこ)してきた 宿題(しゅくだい)がある。感染症(かんせんしょう)に もろい 一極集中(いっきょくしゅうちゅう)の ひずみを どう克服(こくふく)していくかー。( ー 引用 ー )​​​​​​​​​​​​​​​

​​
改めて、

本日の天風録を読んで
課題が見つかれば、対策が見つかり、
改善に向けて行動していくことが
できることに気付かせてもらいました。

特に、
経済成長に於いては、マイナス面ばかりが
目立ちますが、改善させることにより
プラスへと局面が変わることに
気付きました。

ありがたい話でした。

あなたは、そのことに気付きましたか?

そして、

あなたは、その気付きをどの様に計画し行動していきますか?


本日は以上です。​

暴力団追放の精神と決意・・・

​​​​​​​​あなたは、暴力団排除条例が施行された背景を知っていましたか?


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本日の天風録では、
暴力追放の精神と決意について
学び、教えてもらいました。

そして、

このように行動して行こうと思いました。



【 本日(2021.08.27)の 天風録 ↓ ↓ ↓ 】​
​​​​​​​​ 凶暴(きょうぼう)になり、市民(しみん)にも 平気(へいき)で 銃口(じゅうこう)を 向(む)けるように なったー。組織犯罪(そしきはんざい)に 詳(くわ)しい 作家(さっか)溝口 敦​(みぞぐち あつし)​​​​​​​​​​​​氏(し)が 警告(けいこく)を 発(はっ)して 10年(ねん​​​​​になる。暴力団排除条例(ぼうりょくだんはいじょじょうれい)が 全(ぜん)​​都道府県​(とどうふけん)​​​​​​で 施行(せこう)され、資金源(しきんげん)を 絶(た)たれのが 変質(へんしつ)の きっかけ だった

▲ 殺害(さつがい)も​​​​​ 
​(じ)​​​​​​さず、邪魔(じゃま)する者(もの)は 誰(だれ)であれ 牙(きば)を むいたのが 北九州市(きたきゅうしゅうし)の 工藤​​​​​​​​​会(くどうかい)である。全国(ぜんこく)唯一(ゆいいつ)の 「特定危険指定暴力団(とくていしていぼうりょくだん)」が、札​​​​​付(ふだつ)きの 悪(あく)の証(あか)しだろう。銃(じゅう)は おろか、手投(てなげ)​​​​​​​​​​​​​​​げ弾(だん)まで 使(つか)う 凶暴(きょうぼう)さで 地域全体(ちいきぜんたい)を 恐怖(きょうふ)に 陥(おとしい)れている​​​​​​

▲ 市民(しみん)を 狙(ねら)った 四​(よ)​​​​​​​​​​​​つの事件(じけん)で 工藤会(くどうかい)トップに 極刑(きょっけい)が 言(い)い渡(わた)された。「鉄(てつ)の団結(だんけつ)」を 誇(ほこ)る 組織(そしき)だから、下々(しもじも)​​​​​​​​​の 組員(くみいん)の 言動(げんどう)は 「神(かみ)みたいな 存在(そんざい)」の トップの 意向(いこう)に 従(したが)うはずだ。そう断(だん)じた 判決(はんけつ)は 画期的(かっきてき)だ​​​​​​​​​​​​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ 判決(はんけつ)を 取(と)り上(あ)げた おとといの 小欄(しょうらん)に、工藤会(くどうかい)の 擁護(ようご)か との声(こえ)が 届(とど)いた。誤解(ごかい)を 招(まね)いたのなら 本意(ほんい)でない。本紙(ほんし)の 暴力団追放(ぼうりょくだんついほう)キャンペーンは 半世紀(はんせいき)以上(いじょう)(まえ)から 続(つづ)く。「暴力(ぼうりょく)を 許(ゆる)さない」精神(せいしん)は 既(すで)に 広島ひろしまに 根(ね)(づ)いていよう

▲ キャンペーン初期(しょき)の 動(うご)きを まとめた 1965年(ねん)の 「ある勇気(ゆうき)の 記憶(きおく)」は 巻末(かんまつ)に こう記(き)す。〈 暴力(ぼうりょく)が ある限(かぎ)り、戦(たたか)い 続(つづ)け なけらば ならない。新聞記者(しんぶんきしゃ)は ただ書(か)き続(つづ)ける。善良(ぜんりょう)な 市民(しみん)の 立場(たちば)に 立(た)って・・・ 〉。その決意(けつい)は 今(いま)も 変(か)わらない。(ー引用ー)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​



改めて、

暴力反対!暴力追放​​!と、
考えさせられ学ぶことが出来ました。
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​「暴力は許さない」の精神で、勇気をもって
暴力に立ち向かって行こうと思いました。

あなたは、
本日の天風録で
何を感じ、
何を学び、

そして、どう行動をしようと思いましたか?​

本日は以上です。​

原爆症認定集団訴訟の全国原告団長「泣き虫の闘士」・・・

​あなたは、
原爆症認定集団訴訟を全国原告団長として率いた
山本英典さんのことを知っていますか?

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本日の天風録では、

その山本英典さんのことについて
学び・教えてもらいました。


【 本日(2021.08.26)の 天風録 ↓ ↓ ↓ 】​
​​
 怒​(いか)​​​​​​​​​​​​​りに 震(ふる)えながら 国(くに)を 批判(ひはん)した。苦(くる)しみをさらす 被爆(ひばくしゃ)の 思(おも)いを 代弁(だいべん)しては こらえきれずに 涙(なみだ)した。泣(な)き虫(むし)の ​闘士(とうし)。そんな姿(すがた)​​​​​​​​​​​​ばかりが 思​(おも)​​​い出(だ)される。原爆症​認定集団訴訟(げんばくしょうにんていしゅうだんそしょう)​​を 全国原告団​(ぜんこくげんこくだんちょう)​として 率ひき)いた 山本 英典​(やまもと ひでのり)​​​​​さん。今月(こんげつ)8日(ようか)に 88歳(さい)で 亡(な)​​​​くなった

▲ 原爆(げんばく)の日(ひ)の 9日(ここぬか)は 絶対(ぜったい)(いや)だったろうと 仲間(なかま)は 言(い)う。12歳(さい)のとき 長崎(ながさき)で 被爆(ひばく)。上京​(じょうきょう)​​​​​​​​​​​​​して 大学(だいがく)を 卒業後(そつぎょうご)、政党機関紙​(せいとうきかんし)​​​​​​​​​の 記者(きしゃ)などを 経(へ)て 被爆者運動(ひばくしゃうんどう)に 身(み)を 投(とう)じる

▲ 病気(びょうき)は 原爆​(げんばく)​​​​​​​
​​の せいだとして 援護(えんご)する 原爆症認定(げんばくしょうにんてい)。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​その基準(きじゅん)の 実態(じったい)は 切(き)り捨(す)ての 物差(ものさ)しだった。被爆(ひばくしゃ)は 老(お)いを 深(ふか)め、自身(じしん)も 60歳(さい)を 過(す)ぎ 大病(たいびょう)を 患(わずら)った。集団訴訟(しゅうだんそしょう)を 貫(つらぬ)いたのは 原爆(げんばく)で 失(うしな)われた 命(いのち)、暮(く)らし、心(こころ)への 国家補償(こっかほしょう)を 求(もと)める 信念(しんねん)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​から だろう

▲ こうと決(き)めたら 一直線(いっちょくせん)。東京(とうきょう)・八王子(はちおうじ)の 霊園(れいえん)に 共同墓(きょうどうぼ) 「原爆被爆者之墓(げんばくひばくのはか)」を 建立(こんりゅう)したときもそう。後々(のちのち)の 管理(かんり)を 心配(しんぱい)する 声​(こえ)​​​​​​​​​​​​
も あったが、「差別​(さべ)​​​​​​​​​​​​​​​に さらされ、必死(ひっし)に 生(い)きた 被爆(ひばくしゃ)が 安(やす)らかに 眠(ねむ)れる 場所(ばしょ)に」と 押(お)し切(き)った

▲ 身寄(みよ)りが なかったり 合葬(がっそう)を 望(のぞ)んだりした 被爆(ひばくしゃ)と 家族(かぞく)52人(にん)が 眠​(ねむ)​​​​​​​​​​​​​​​
​​​​​​​​​​​​​​る。〈 われら/ 生命(いのち)もて/ ここに記(き)す/ 原爆(げんばく)/ 許(ゆる)すまじ 〉。傍(かたわ)らの 碑(ひ)に 刻(きざ)まれた 言葉(ことば)の ごとく 生(い)きた 山本(やまもと)さんの 遺骨(いこつ)も モミジの 色(いろ)ずく頃(ころ)、納(おさ)められる。( ー 引用 ー )​​​​​​​​​​​​​​


​8月8日88歳で亡くなった
原爆症認定集団訴訟の全国原告団長として率いた
山本英典さんの信念のすごさを感じると共に、

どんなに苦しいことや辛いことがあっても
自分自身を信じ信念をもって行動していく大切さを学びました。

私が仮に88歳まで生きれたとして35年。
残りの人生、信念をもって行動していきます。

あなたは、本日の天風録で
何を感じ、
何を学び、

そして、
​どう行動して行こうと思いましたか?

​本日は以上です。​​​


​​

憲法36条と死刑制度・・・

​​​​あなたは、憲法36条の死刑制度を知っていますか?





本日の天風録で
憲法36条の死刑制度について学び
教えてもらいました。


【 本日(2021.08.25)の 天風録 ↓ ↓ ↓ 】​
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ わが国(くに)の 憲法(けんぽう)に 1カ所(いっかしょ)だけ 「絶対(ぜったい)に これを 禁(きん)ずる」と 感情(かんじょう)を むき出(だ)しにした 表現(ひょうげん)がある。その第(だい)36条(じょう)が ダメ出(だ)しするのは 「公務員(こうむいん)による 拷問(ごうもん)(およ)び 残虐(ざんぎゃく)な 刑罰(けいばつ)」。解釈(かいしゃく)次第(しだい)では、死刑制度(しけいせいど)を 憲法違反(けんぽういはん)と みなすことも できそうだ

​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ その死刑(しけい)が きのう、北九州市(きたきゅうしゅうし)の 特定危険指定暴力団(とくていきけんしていぼうりょくだん)工藤会(くどうかい)」トップに 言(い)い渡(わた)された。市民(しみん)4人(にん)を 拳銃けんじゅうや 刃物(はもの)で 襲(おそ)って 死傷(ししょう)させた 凶悪事件(きょうあくじけん)を 「首謀(しゅぼう)」したの だから、遺族(いぞく)や 被害者(ひがいしゃ)に すれば、それこそ 絶対(ぜったい)の 判決(はんけつ)だろう​​​​​​​​​​​​​​​​​​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲一方(いっぽう)、実行役(じっこうやく)に 指示(しじ)したことを 示(しめ)す 直接(ちょくせつ)の 証拠(しょうこ)は ない。反社会的勢力(はんしゃかいてきせいりょく)を かばうつもりは 毛頭(もうとう)ないものの、疑(うたが)わしきは 罰(ばっ)せずが 刑事裁判(けいじさいばん)の 大原則(だいげんそく)のはず。今回(こんかい)の 判決(はんけつ)が、そこに背(そむ)くことは 絶対(ぜったい)に ないと 言(い)い切(き)れるの だろうか​​​​​​​​​​​​​​​​​​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ ここは 工藤会(くどうかい)という 組織(そしき)に 対(たい)する 死刑判決(しけいはんけつ)と 解釈(かいしゃく)しても よさそうだ。脅(おど)しに 屈(く)することなく 対峙(たいじ)してきた 市民(しみん)の 安心(あんしん)・安全(あんぜん)を 守(まも)りながら、会(かい)を 解散(かいさん)・壊滅(かいめつ)へと 追(お)い込(こ)んで いく。地域(ちいき)の 踏(ふ)ん 張(ば)りは むしろこれからだろう

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ くだんの条文(じょうぶん)を 巡(めぐ)っては 「死刑(しけい)そのものが、一般(いっぱん)に 直(ただ)ちに 残虐(ざんぎゃく)な 刑罰(けいばつ)に 該当(がいとう)するとは 考(かんが)えられない」との 最高裁(さいこうさい)の 判例(はんれい)が ある。絶対(ぜったい)という 断定(だんてい)を 避(さ)け、解釈(かいしゃく)の 余地(よち)を 残(のこ)した 言(い)い回(まわ)しで はある。(ー引用ー)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​


本日の天風録を読んで感じることは、
私に憲法36条死刑判決云々について語ることは難しくて
出来ませんが、

改めて、反社会的勢力の組織のトップに限らず、
どんな組織のトップでもその組織のトップである限りは、
「責任重大である」と感じました。

​​​​​​​あなたは、
本日の天風録を読んで
何を感じ、
何を学び、

そして、

どの様に行動しようと思いましたか?

家族力がやせ細る時代の「受援力」・・・

​​​​​あなたは、「受援力(じゅえんりょく)」という言葉を知っていますか?

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本日の天風録で、「受援力(じゅえんりょく)」の言葉を知り、
意味をしり、その言葉を活用する際に必要な心構えと
大切なモノが何かを
教えてもらいました。


【 本日(2021.08.24)の 天風録 ↓ ↓ ↓ 】
​​​
​​​​​​​​​​​​​​​​ 題名(だいめい)に「力(りょく)」と 銘(めい)(う)つ 新刊本(しんかんぼん)は おなじみでも、「鳥取(とっとりりょく)」とは・・・。小(ちい)さくとも キラリと 光(ひか)る県(けん)の 発信力(はっしんりょく)を 指(さ)すのだろう。きのうの 本紙(ほんし)くらし面(めん)にも 「受援力(じゅえんりょく)」と、なじみのない 言葉(ことば)が 見(み)えた​​​​​​​​​​​​​​​​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ 唱(とな)えているのは 「高齢社会(こうれいしゃかい)を よくする 女性(じょせい)の会(かい)・広島ひろしま」である。思(おも)いがけぬ 体(からだ)の 変調(へんちょう)や 骨折事故(こっせつじこ)に 見舞(みま)われたときに 声(こえ)を 上(あ)げ、助(たす)けを 受(う)け入(い)れる 心構(こころがま)えや 腕前(うでまえ)を 指(さ)す。ましてや コロナ禍(か)で 「巣(す)ごもり」生活(せいかつ)の さなかである。不安(ふあん)の 種(たね)は 増(ま)していよう​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ それは 支援者(しえんしゃ)を その気(き)に させる 力(ちから)でもあろう。困(こま)り 事(ごと)は 何(なに)か、分(わ)かりやすく 伝(つた)える 言葉(ことば)が 要(い)る。釣(つ)り込(こ)むような 笑顔えがおも あるに 越(こ)したことはない。家族(かぞく)の 力(ちから)が やせ細(ほそ)る 時代(じだい)を 生(い)きるための たしなみとも 言(い)えそう​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ 一方(いっぽう)で、この社会(しゃかい)は 「人(ひと)に 迷惑(めいわく)を 掛(か)けては いけない」との しつけが 厳(きび)しい。字引(じびき)でも、【 世話(せわ)に なる 】の 語釈(ごしゃく)は 「面倒(めんどう)を かける」「厄介(やっかい)に なる」。支援(しえん)は 心配(しんぱい) ご無用(むよう)にーとの やせ我慢(がまん)も 過(す)ぎれば、袋小路(ふくろしょうじ)が 待(ま)ち受(う)ける​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​▲ 災害(さいがい)の 21世紀(せいき)でも ある。ボランティアの 支援(しえん)を いつ仰(あお)ぐかも しれず、受援力(じゅえんりょく)は 大事(だいじ)な 心掛(こころが)けと いえよう。小欄(しょうらん)の ような 会社(かいしゃ)人間(にんげん)にも、学習(がくしゅう)で 身(み)に付(つ)くと 聞(き)く。まずは 鏡(かがみ)を 前(まえ)に、ほほ笑(え)む 稽古(けいこ)あたりから、か。( ー 引用 ー )​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

​​
改めて、


介護の現場にも必要なことなので、
笑顔づくりに取り組んでみようと思いました。

​​あなたは、
本日の天風録で
何を感じ
何を学び

そして

どの様に行動しようと思いましたか?​​​

​本日は以上です。​​​


 

 

パラリンピックの「パラ」の意味・・・

​​​​​​​あなたは、パラリンピックの「パラ」の意味を知っていますか?

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本日の天風録では、
パラリンピックの「パラ」の意味と

創始者のグッドマンの名言を
教えてもらうことができました。


【 本日(2021.08.23)の 天風録 ↓ ↓ ↓ 】​

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 東京(とうきょう)パラリンピックの アーチェリー日本選手(にほんせんしゅ)が 急(きゅう)きょ 出場(しゅつじょう)を 辞退(じたい)した。他人(たにん)の 弓(ゆみ)に 触(ふ)れたのが 理由(りゆう)。殺傷(さっしょう)能力(のうりょく)が 高(たか)い 洋弓(ようきゅう)は 安全(あんぜん)(じょう)の 決(き)まりが 厳(きび)しく、本人(ほんにん)も 反省(はんせい)している と伝(つた)わる。その心中(しんちゅう)や いかに​​

​​​​▲ 第2次大戦(だいにじたいせん)終結(しゅうけつご)、英国(えいこく)で 傷病兵(しょうびょうへい)​​​​​​​のための アーチェリー大会(たいかい)が 催(もよお)された。これが パラリンピックの 起源(きげん)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​。的(まと)に 集中(しゅうちゅう)することが、車(くるま)いすの 人(ひと)の リハビリに つながると 考(かんが)えられた。下半身(かはんしん)まひを 意味(いみ)する パラプレジアの「パラ」が 当初(とうしょ)の 語源(ごげん)でも あった

▲〈 失(うしな)われたものを 数(かぞ)えるな 〉とは 創始者(そうししゃ) グッドマンの 名言(めいげん)。〈 残(のこ)されたものを 最大限(さいだいげん)に 生(い)かせ 〉 と続(つづ)く。東京(とうきょう)パラリンピック、あす 開幕(かいまく)する

▲ 本紙(ほんし)に 郷士(ごうしぜい)の 連載(れんさい)が 走(はし)る。悪性(あくせい)肉腫(にくしゅ)で 左脚(ひだりあし)を 失(うしな)うが、カヌーと 出会(であ)って 人生(じんせい)に 再(ふたた)び 漕(こ)ぎだす 男子選手(だんしせんしゅ)。筋肉(きんにく)が 徐々(じょじょ)に 衰(おとろ)える ボッチャの 男子選手(だんしせんしゅ)は 1年(いちねん)延期(えんき)の リスクとも 闘(たたか)う。視覚障害(しかくしょうがい)の ある女子選手(じょしせんしゅ)は ゴールボールに 挑(いど)み、過去(かこ)「ボコボコに された」国(くに)との 対戦(たいせん)を 楽(たの)しみに 待(ま)

▲ 今(いま)の パラは 「もうひとつの」を 意味(いみ)する パラ。五輪(ごりん)の 添(そ)え物(もの)ではない。本来(ほんらい)は 多(おお)くの 子(こ)どもたちの 観戦(かんせん)を 願(ねが)いたいが、コロナ禍(か)の 今(いま)は 難(むつか)しいか。せめて、パラの 意味(いみ)が 人々(ひとびと)の 記憶(きおく)に とどまる 2020で あれ。( ー 引用 ー )​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​


改めて、

コロナ禍のパラリンピックではありますが、
選手の皆さんから
たくさんの感動と勇気を頂きたいと
思っています。

せれにしても、

​​創始者のグットマンの名言

「 失われたものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」は​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

日々認知症高齢者に携わる中で、心掛けている言葉でもあり
たいへん勇気づけられる言葉でした。

あなたは
本日の天風録で
何を感じ
何を学び

そして

どの様に行動しようと思いましたか?


本日は以上です。​​​​​

笑福亭仁鶴さんの教え・・・

あなたは、笑福亭仁鶴さんのことを知っていますか?





本日の天風録では、
その笑福亭仁鶴さんの上方落語(芸)の世界での
心掛けていたこと、心掛けることについて教えてもらいました。

​​​

​【 本日 (2021.08.22)の 天風録  ↓ ↓ ↓ 】​​
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ きっぷの良(よ)さが 江戸落語(えどらくご)の 聞(き)きどころならば、上方(かみがた)では コテコテの 芸風(げいふう)が 好(この)まれるらしい。似(に)て非(ひ)なるようでも、噺家(はなしか)としての 誉(ほま)れに 東(ひがし)と 西(にし)で 違(ちが)いは ない という。上方風(かみがたふう)に 言(い)えば、「迎(むか)え手(で)よりも、送(おく)り手(で)でんなぁ」​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

▲ 演芸場(えんげいじょう)の 舞台(ぶたい)に 上(あ)がった 時(とき)の、「待(ま)ってました」の 拍手(はくしゅ)が 迎(むか)え手(で)である。対(たい)して、送(おく)り手(で)は 高座(こうざ)を 下(お)りる 背中(せなか)(ご)しに 聞(き)く。期待感(きたいかん)(ま)じりの 迎(むか)え手(で)とは、ひと味あじも ふた味あじも 変(か)わってこよう

▲ 84歳(さい)で 帰(かえ)らぬ人(ひと)となった 上方落語(かみがたらくご)の 大御所(おおごしょ)、笑福亭​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 仁鶴(しょうふくてい にかく)さんも 芸談(げいだんしゅう)「青春(せいしゅん)の 上方落語(かみがたらくご)」で 触(ふ)れている。人気(にんき)の バロメーターである 迎(むか)え手(で)より、高座(こうざ)を 下(お)りる時(とき)の 方(ほう)が 気(き)になるーと。大看板(だいかんばん)とも なれば、ふがない芸(げい)で 客(きゃく)を 裏(うら)(ぎ)る 怖(こわ)さが 先(さき)に 立(た)つ日(ひ)も あったはず​​​​​​​​

▲ 半世紀(はんせいき)(まえ)から ラジオの 深夜番組しんやばんぐみ)で 話術(わじゅつ)を 鍛(きた)え、テレビ界(かい)では 「視聴率男(しちょうりつおとこ)」として 名(な)を はせた。売(う)れっ子(こ)ぶりで ビートルズに 引(ひ)き比(くら)べ られたことも ある。それでもなお、あぐらをかくことなく、晩年(ばんねん)まで 高座(こうざ)(つと)めを おろそかに しなかった。あの「誉(ほま)れ」が 頭(あたま)の 隅(すみ)に あったに 違(ちが)いない

▲ 角(かど)が 立(た)つ 浮世(うきよ)に 笑(わら)いで 鉋(かんな)を かけ、まぁーるくおさめてきた 仁鶴(にかく)さん。人生(じんせい)の 舞台(ぶたい)を 去(さ)る 背(せ)に、やんやの 送(おく)り手(で)が 鳴(な)っている。( ー 引用 ー )​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​



改めて、
本日の天風録を
自分の人生に例えて考えてみました。

誕生「おめでとう!」と、迎え手で期待され、
成長し老いを迎え衰退していく過程の中で
人生最期の時、盛大な送り手で送り出してもらいものだぁと思いました。

その為は、今何ができるのか?を考えるに、

日々の生活に、あぐらをかくことなく、

「素直な心で、
プラス思考で、もの事を捉え
取り組んで行きたい。」

そう思うようになりました。

あなたは、本日の天風録で
何を感じ
何を学び
そして、
どう行動して行こうと思いましたか?​​
​​​​​​​​​​​​​​

最後に、
​​この度の笑福亭仁鶴さんの訃報、
​心からお悔やみ申し上げます。

本日は以上です。

​​